秀光人形工房 (ひな人形、五月人形、日本人形)

元々塗り物が盛んな地域であった駿河の地ですが、塗り物産地としての卓越した技術を内外に知られるようになったのは江戸時代後期からになります。漆器の素晴らしさはもちろん、いわゆる静岡の地をさらに有名にしたのは『駿河蒔絵』と呼ばれる蒔絵の技術です。浅間神社の本殿両脇にある唐獅子牡丹の絵を描き残した江戸時代終わり頃の著名画家、中川梅縁を先祖とする中川一族を中心として、今でも多くの蒔絵師がその技術を伝えています。

人間用の家具を地場産業とする静岡は、その地便や独特の製法を駆使して、木漆産業として不動の地位を築いてきました。特に雛具に付いては実用品では無く装飾品であるので、華麗な加飾方法である蒔絵が珍重されました。漆器と蒔絵の両方を得意とする静岡の木漆産業の特色を活かして、静岡が今でも続く雛具の全国一の生産地になって行ったのです。

戦国時代の終わり頃から戦後の昭和30年頃までは、静岡市の西部地区を中心に、手工芸産業の職人の町として木工、塗り物、竹細工などの伝統工芸品を生産して静岡市を繁栄させてきました。静岡市の特産産業として、家具や下駄等の木工製造業がありますが、そのほとんどが分業制になっていて、いくつかの作業工程に分かれた専門の職人と問屋がその地区に集中して住んでいました。静岡の湿気が多く温暖な気候と地の利が漆細工に適していた事と、各地方からの文化が伝わりやすいので高水準の蒔絵が描けるという利点も、駿河雛具を全国的に広めた理由の一つでしょう。分業制が確立されているのも大きな利点で、それぞれに特化した素晴らしい作品が安価で作られるので、今でも全国の雛具の80パーセント近くを出荷するほどの生産力と支持を受けています。

蒔絵とは直接その物に絵を描く技法ではありません。砂絵や水絵と同じ原理で、塗りを施された漆器の上に、さらに漆(現代ではかぶれや臭いを防ぐためにカシュー漆を使います。)で下絵を筆や型(版)で描いたり押したりします。この上から金粉を振り蒔き、漆が付いている所に金が貼り付けられると言うのが蒔絵の基本的な技法です。絵を付けたい所にだけ漆が付いているので、漆が接着剤の変わりの役目を果たしてくれるのです。まさに金を蒔いて絵を付けるので、蒔絵と呼ばれます。この技法を色々応用、高等化していった物が駿河蒔絵と呼ばれます。高等複雑な手法ですので、常に修練と新技術との融合を目指して研鑽を重ねています。

工程ごとに専門の職人がおり、それぞれの工房で細かい作業を行います。完全に分業化されており、それぞれで最高の水準の技術を駆使する事が出来ます。

1.指物師

のこぎりやかんな、ろくろ等を使って土台となる木の雛具を造ります。この時点では色も何も付いていません。細かい作業を施す為、完成までにたくさんの時間と資材を使うものもあります。おおまかな作りをしてから塗り師によって色を付け、もう一度作業をする場合もあります。作業内容によってはその作業自体が分業されている事もあります。特殊な工具やほんの一瞬しか使わないような工具も用いて作業します。

2.塗り師(ぬしや)

漆を使って最初の色付けをします。基本は黒ですが、最近では赤やグラディーション等のちょと変わった下地を使う場合もあります。最近では漆の特性から、赤ちゃんの皮膚がかぶれないようにカシュー漆を用いるようになりました。これは臭いも少なく抑える事が出来、なおかつ堅牢な塗装面と光沢が得られるのでピアノの仕上げ等にも使われており、雛具には最適な塗料となっています。また、細かい所や奥まった所まで塗り込むので、刷毛やブラシ、エアーブラシ等の工具や材料をたくさんの種類使い分けて塗っていきます。狭い所や小さい面に塗り込んでいくので、ほとんどを手作業で行います。手作業用の刷毛だけでも数十本使い分けて塗る物もあります。

3.蒔絵師

ぬしやさんから出来上がってきた物に、漆で下絵を描きます。下絵を描かれた部分に金粉や銀粉、等を蒔いて絵を付けます。漆が接着剤の変わりとなり、漆で描いた部分にだけ金がのります。これを細かい所にまで作業を施し、最後に余分な金粉等を払って完成させます。そのほとんどを手作業手仕上げでこなすします。金粉だけでも一回で終わらずに、何回も重ねて描いては蒔いて払う作業を繰り返す物もあります。出来不出来がはっきりとわかる部分ですので慎重な作業の繰り返しになります。

4.金具師

縁や装飾用の金具を作ります。金具にはたくさんの種類や大きさがありますが、そのほとんどは兼用出来ない物になっています。一つずつ細かく打ち込んでいく飾りもありますが、今ではそのほとんどを金型で打ち込んでいきます。透かし金具などの場合、最後の仕上げは手作業でなければ出来ないので、慎重に穴を合わせて打ち抜いていきます。

5.仕上げ師

蒔絵師や金具師から出来上がってきたたくさんの部品を、綺麗にまとめて組み立てます。組み立てにもきちんとした手順が決められており、いわれ通りに作り上げていきます。最後の工程なので検品チェックも兼ねて出すします。出来の悪い部分や仕様が異なる場合は、ここではねられ、駿河雛具としてふさわしい物だけ全国へ出荷されていきます。